2001年の8/2〜4の3日間、北海とバルト海に挟まれデンマークとの国境にも程近いドイツの最北端 Schleswig-Holstein 州の西部に位置するのどかな田舎町 Wacken で体験した出来事による衝撃はあまりにも大きく、それはこれまでの二十数年に亘るメタル人生で培った My メタル観を、たった3日間でこなごなに打ち砕くほどであった。
その砕け散ったメタル・ハートのかけらが、この一年の間に再び集結し更なる強固さを持って凝固しようとする際・・・そこに紛れ込んでしまったのだ・・・そう、「Wacken」の6文字が!! そうして、この Wacken Open Air への参加は、今後の我がメタル人生のルーチンにしっかりと組み込まれてしまったのである。 「毎年夏に Wacken に行かないことなどありえない」と。 |
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今年の「Team Wacken 2002」のパートナーは、AV メイニヤ兼音楽ライターの奥村氏(以降『おっくん』)。ライター云々はさて置き(置くな!/笑)、まぁ最悪レベルの呑み仲間っすな。(笑) 昨年帰国して以来「次回は一緒に逝きましょう!」とメタリックな誓いを立てた仲なのでありました。
今年の準備の進行は、去年の入念な事前調査&実際の経験の甲斐あって、非常にスムース。 まずは5月中旬、なにはなくとも一番大事な「チケット」をドイツ在住のメタル・ブラザーに購入〜送付してもらう。これだけでホント安心度がぐっと増すんだよな。 そして6月に入ってからは、航空券、レイル・パス、レンタカー手配・・・とすべてネット上からクレジット・カード決裁でサクっと予約&購入。 唯一難航したのは帰国前日のホテル。到着日の Frankfurt のホテルは駅に近くて安くてキレイな所を全く問題なく取れたんだけど、帰国前日に立ち寄る予定の街 Düsseldorf ではちょうどその期間にメッセが開催されているらしく、どのホテルも軒並み一泊料金が普段の2〜3倍以上。(泣)
こ、こりゃいかんってことで、色んな人から情報を頂きつつやっとのことで駅に近くも安い宿を発見。但し、そのホテルはネットからは仮予約のみで最終的に FAX でのやり取りが必要だったが、何とか無事予約完了。ふぅ、まぁこれもいい経験だな。 |
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ってな感じに、自分の中では半ば当然のように進めていった渡航準備だが、手配した色々なものが郵便や宅配便で次々と我が家に届き始めると、家族の表情がこわばり始めた。(汗)
許せ!妻よ、子よ、そして母よ! これは君らの夫、父、息子であるオレが HEAVY METAL の星の下に生まれてきてしまったがための避けられぬ宿命なのだ!! |
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そんな家族揃っての暖かい励ましの中(苦笑)、7月に入っても準備は続く。 国外運転免許証の申請、そして現地用の携帯電話の手配。今回は現地入りしてから現地のモバイル・ショップでプリペイドの GSM 携帯を買おうと思ってたんだけど、J-PHONE のレンタル携帯が便利そうなのでそれをチョイス。日本からいつもの電話番号のままで繋がるのと、相手が J-PHONE なら国を超えてスカイメールのやり取りができるってのがポイント高いやね。 |
そして、今年は「WebSite, Castle of Pagan」として、ダメモトでプレス用パスの申請もしてみたら・・・見事に認可が降りた! しかも90枚しか出ないらしいフォト・ピット・パスまでも! いや〜、こりゃさらに色々と安心だわ。
その後、毎週おっくんと「Wacken 打ち合わせ」(と称した単なる飲み)を重ねる中、直前になってレコードレーベル SOUNDHOLIC の晒され A&R、神山氏(以降『カミ〜ン』)も同行することに。彼は FALCONER, DOMINE, EVERGREY といった契約アーティストが出演するってことで、ちょっとだけ・・・本当にほんのちょっとだけ仕事も込みってことらしい。 ここに、Team Wacken 2002 はトリオ編成へと進化を遂げたのであった。 |
我々の他にも今年はここ日本から多くのメタルヘッズが Wacken に参戦するらしく、その中の何人かの方々とメール等で情報交換をしながら、とうとう渡航前日がやってきた。 ここに来てやっと荷造りを開始。(汗) 去年同様荷物少ないんで、そんなに大きくないバックパックとウェストバッグに荷をサクっと詰め込み、小一時間程であっという間に荷造り完了。
明日はこの一年間待ちに待ったドイツへの出発。一年間、長かったような短かったような・・・布団の中で、ホントに色んなことが起こったこの一年を振り返りるうち、知らぬ間に眠りに落ちた。 |






